楽器大好き!

趣味は「楽器演奏」   。。。ならぬ「楽器収集」

                                                                                                                        

やっと話は中学時代に入り
吹奏楽の話題になります。

吹奏楽部は中学2年からの途中入部でした。

中学に上がってなんとなく吹奏楽部に入部したい気持ちはあったのだけど
「練習が半端じゃなくキツイらしい。」
と言う噂(入部してみたら噂は本当だったのだけど)を真に受けて
何せ根性がないものだから
殆んどクラブ活動として授業に組み込まれている時間以外は
練習がないという英語部に入ったのです。

でもね。。。
「楽」だけど楽しくない
だいたい、英語が苦手で
中学1年生の2学期で英語の成績が地を這ってた私。
英語部が楽しいワケないですよね

と、当たり前の事に1年経ってから気付き英語部を退部。
吹奏楽部異例の2年からの編入になったのでした。



さて。
11月21日のレッスンで新たな課題が出ました。

今回はコピー譜ではなく、教則本の「ムーン・リバー」です
譜面ヅラは第4ポジションも出てこないし
C-dur(ハ長調)だから拡張ポジションもないし初見でも平気


譜面上は速度表記が四分音符=88とあるだけで
強弱記号もなにも付いてないけど

規則的な3拍子でベタ~ッと演奏。。。したらまずいよね

と、YouTubeでオードリー・ヘプバーンが実際に歌ってるのを研究。
若干テンポを揺らしてフレーズの終わりには少し「抜き」が入っています。



多分、音楽表現に対して指摘が入るだろうな~。

いやね、そんな事はピアノでも吹奏楽でもうるさく言われて来たけど
チェロに関しては、まだそんな音楽表現云々をどうにかする技術はないのよ
来週は休講なのでゆっくり研究してみます。

この教則本を買う時に教室のフロントのお姉さん
「まあ、この本2年ぐらいは使いますから。」
と仰っていたけど
「ところで、今進捗状況はどのくらいなの?」
と思って目次を見たら残り3分の1弱。

先生がいつも
「このクラス、めちゃくちゃ進むの早いです。」
と仰ってるのはヨイショだと思ってたけど
まんざらウソでもないのかな

さて。
今日は新しい課題の「ムーン・リバー」の譜読みぐらいしかやってないので
小学校時代に話はもどります。

今まで書いてきた通り
体を動かす事が嫌いなので体育もしかり
運動会も大嫌いだったのですが
そんな私が運動会で開花するチャンスが回ってきました。

私が通っていた小学校では
5年生、6年生になると鼓笛隊があり
いわゆるマーチングバンドさながらにフォーメーションが変わっていくのを
見せる演技がありました。

大太鼓、小太鼓(当時はバスドラム、スネアドラムとは呼ばなかった。)
シンバル、ベルリラ(参考画像↓↓)

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などにはオーディションがあり
その他大勢の子はピアニカ、縦笛を吹くのです。
今、マーチングをするならバスドラムが好きだけど
当時はベルリラに憧れてオーディションを受けました。

で。
一旦は合格したのですが
背が高いと言う理由で副指揮に変更されてしまったのです
楽器が好きな私にとって、何の音も出さないのは
ちょっとガッカリ。。。(目立つと言えば目立つけど。)

やった曲はルパンⅢ世は覚えてるけど
他はなんだったっけな~?



今日はレッスン。

先生の御家族が亡くなったと聞いていたので心配していたけれど
先生のお婆様が亡くなったとの事で御歳99歳。
夜ベッドに入ってそのまま亡くなったと言うので
お幸せと言えばお幸せ。。。
先生もそんなに落ち込んではおられなかったのでホッ…。

昨日書いていたRombergのエチュードは無事に合格シールを頂きました

クリスマスシーズンに入って
先生のコンサートが3つ開催されます。

一つ目は草津A.SQUARE内の十字屋イベントホールのソロコンサート。

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二つ目は兵庫県尼崎市で行われる弦楽四重奏とジャズのコラボ。
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三つ目はまだチラシが出来ていないそうですが22日に
京都の町屋でのライブが企画されています。

興味のある方は是非お運び下さい。

先週の木曜日のレッスンは
先生が御家族がお亡くなりになられて緊急帰国されたので休講でした。

なので2週間ぶりのレッスン。。。

先生になんと言葉を掛けるればいいのでしょう?

生徒として先生を慰めるのは
ただ少しでも上手くなって先生に聞いてもらうことだけなのでしょうか?

10月3日から出されている宿題はかなり形になって来たので
曲の表情作り。

ロンベルグのコピー

(18小節目より部分引用・出典不明)
ここからE-durに転調するので一拍目のBはルバートで「溜め」気味に。
9小節目の1拍目がフレーズの終わりなので少しディミヌエンド。
3拍目からまた新たなフレーズが始まるので先ほどほどオーバーにならない程度のルバート。
13小節目3拍目を頂点に上るようにクレッシェンド。
その頂点であるDの音をまた少し溜めてE-durを終わる感じにしてみました。

私の曲の解釈ではこんな感じになるのだけれど
明日、先生はどう仰るだろう?

あとの2曲はどうにかこうにか譜面ヅラを流すことが出来る程度なので
まだまだ合格は貰えなさそうです

小学4年生頃からお爺ちゃんと同居し始めました。
祖母は大変行儀に厳しくて子供の私には怖い存在でしたが
その分、お爺ちゃんは優しくて
私はお爺ちゃんっ子だったのです

ウチの母、祖母は音痴なのですが(こんな事書いたら怒られますね。)
お爺ちゃんは歌が上手な人でした。

大正生まれなので戦争体験者。
自らも陸軍兵だったので、私に歌って聴かせる歌も
「戦友」とか「ラバウル小唄」など軍歌の他
「リンゴの唄」だとか「青い山脈」とか。。。



当時はパソコンなど普及してませんから
そんな楽譜を取り寄せる術もなく
お爺ちゃんの唄だけを頼りにコードを付けて
アドリブで弾きます。
するとお爺ちゃんも上機嫌にピアノの傍らで
次々に歌ってくれます。

レッスンで出された課題は
運指練習の小フレーズばかりで楽しくなかったので
10分ソコソコしか練習せず、ピアノに向かってる時間の殆んどが
遊びでした。

そりゃ、何年経っても一向に黄バイエルが終わらないはずですね

小学校の何年生だったか?
父が自宅に持ち帰って仕事をしている横で遊んでいたときの事です。

父が計算機のボタンを押すと電子音がします。
ところがその音はキーごとにバラバラ。

その計算機に引きつけられて 私は、父の指先をじっと見ていました
するとある法則性に気が付いたのです。

1→C(ド)
2→D(レ)
3→E(ミ)
4→F(ファ)
5→G(ソ)



…と、9までのキーが音階になっているのでした。
♯や♭は表現出来ませんが簡単な曲なら電卓で演奏できます

http://icon.jp/archives/1087

検索したらその電卓の写真がありました

当時はすごい発見だと思ったんですが、取り扱い説明書には書かれていたんですね

しばらくの間、それは私の玩具になり
仕事にならないので
父はとうとう私にその電卓を払い下げて
新しい電卓を買うことになりました

あんなに習いたくて習いたくて
両親を口説き落として始めたピアノだったのに
小学校3年生辺りから
段々レッスンをサボるようになりました

元々、好きな曲を適当にコードを付けてアドリブで弾くのは好きだったけど
実は譜面の読み方(初歩の楽典)も苦手
そこに加えて、先生の方針で
レッスンの後半は(※1)ソルフェージュ加わるのですが
初見が利かないので一番の苦手課題になってしまう

レッスンに付いていた先生はヒステリックなところがあって
音程が違うと厳しく叱責されます

高校に入ったらそれより何倍も怖い鬼顧問に出会うのですが
小学生の私には
行くたびに厳しく叱られるレッスンが恐怖だったのです

(※1)ソルフェージュ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A5

私がピアノを習っていたのは
自宅で数人の子供に教えている教室だったので
ホールを借りて盛大な発表会があるわけではありませんでした。

数年に1度、先生のお宅のピアノのある大きめの応接室での
サロンコンサート的な物があっただけです。

初めての発表会は小学校3年生の夏。
演目は「かわいいオーガスチン」でした。



(参考動画です。私本人ではありません。)

習い始めて3年目にしては進んでないでしょ

たかだか習ってる子供とその親だけだから15人も居るか居ないか
ぐらいの前で16小節しかない曲を弾くのですが
その緊張した事といったら。。。

後に吹奏楽をやるようになって1000人以上入るホールで
ソロなんて叩くようになるなど夢にも思っていませんでした。

でも、確かトチらずに弾けたと思います。

最後に先生のご専門のコントラバスのソロを披露。
花束を差し上げたのを覚えています。

ピアノを習い始めてしばらくは
従姉のお下がりのオルガンで練習していました。

赤バイエルも半ばまで来るとスタッカートの練習に入ります。

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バーナム・ピアノテクニックでは鍵盤が足りません。
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私は両親に
「スタッカートが鳴らないからピアノが欲しい。」
とねだります。
しかし、ごく普通のサラリーマン家庭で
100万近くするものを、子供がねだったからと言って
「おおそうか、分かった。」
とすぐに買い与えられるものではありません
その頃、我が家になかったお雛様も欲しい。
でもピアノも欲しい。。。

両親に
「買ってあげるけど、ピアノかお雛様のどちらかにしなさい。」
と言われました。

その選択はそんなに難しいものではありませんでした。
あっさりピアノに決めた私は
しばらく両親と楽器店巡りもする事になります。

両親も私も、ピアノメーカーや音の良し悪しの知識はありません。

私に店中のピアノを弾かせて好みの音を選ぶしかないのです。
結局無名のメーカーですが
金属的な音がしないのが気に入って
マホガニ塗りのアップライトピアノが私の相棒になりました。

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小学校3年生の夏の事です。

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