楽器大好き!

趣味は「楽器演奏」   。。。ならぬ「楽器収集」

                                                                                                                        

電卓で音楽

小学校の何年生だったか?
父が自宅に持ち帰って仕事をしている横で遊んでいたときの事です。

父が計算機のボタンを押すと電子音がします。
ところがその音はキーごとにバラバラ。

その計算機に引きつけられて 私は、父の指先をじっと見ていました
するとある法則性に気が付いたのです。

1→C(ド)
2→D(レ)
3→E(ミ)
4→F(ファ)
5→G(ソ)



…と、9までのキーが音階になっているのでした。
♯や♭は表現出来ませんが簡単な曲なら電卓で演奏できます

http://icon.jp/archives/1087

検索したらその電卓の写真がありました

当時はすごい発見だと思ったんですが、取り扱い説明書には書かれていたんですね

しばらくの間、それは私の玩具になり
仕事にならないので
父はとうとう私にその電卓を払い下げて
新しい電卓を買うことになりました

あんなに習いたかったのに。。。

あんなに習いたくて習いたくて
両親を口説き落として始めたピアノだったのに
小学校3年生辺りから
段々レッスンをサボるようになりました

元々、好きな曲を適当にコードを付けてアドリブで弾くのは好きだったけど
実は譜面の読み方(初歩の楽典)も苦手
そこに加えて、先生の方針で
レッスンの後半は(※1)ソルフェージュ加わるのですが
初見が利かないので一番の苦手課題になってしまう

レッスンに付いていた先生はヒステリックなところがあって
音程が違うと厳しく叱責されます

高校に入ったらそれより何倍も怖い鬼顧問に出会うのですが
小学生の私には
行くたびに厳しく叱られるレッスンが恐怖だったのです

(※1)ソルフェージュ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A5

初めての発表会

私がピアノを習っていたのは
自宅で数人の子供に教えている教室だったので
ホールを借りて盛大な発表会があるわけではありませんでした。

数年に1度、先生のお宅のピアノのある大きめの応接室での
サロンコンサート的な物があっただけです。

初めての発表会は小学校3年生の夏。
演目は「かわいいオーガスチン」でした。



(参考動画です。私本人ではありません。)

習い始めて3年目にしては進んでないでしょ

たかだか習ってる子供とその親だけだから15人も居るか居ないか
ぐらいの前で16小節しかない曲を弾くのですが
その緊張した事といったら。。。

後に吹奏楽をやるようになって1000人以上入るホールで
ソロなんて叩くようになるなど夢にも思っていませんでした。

でも、確かトチらずに弾けたと思います。

最後に先生のご専門のコントラバスのソロを披露。
花束を差し上げたのを覚えています。

スタッカートが出来ない…

ピアノを習い始めてしばらくは
従姉のお下がりのオルガンで練習していました。

赤バイエルも半ばまで来るとスタッカートの練習に入ります。

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バーナム・ピアノテクニックでは鍵盤が足りません。
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私は両親に
「スタッカートが鳴らないからピアノが欲しい。」
とねだります。
しかし、ごく普通のサラリーマン家庭で
100万近くするものを、子供がねだったからと言って
「おおそうか、分かった。」
とすぐに買い与えられるものではありません
その頃、我が家になかったお雛様も欲しい。
でもピアノも欲しい。。。

両親に
「買ってあげるけど、ピアノかお雛様のどちらかにしなさい。」
と言われました。

その選択はそんなに難しいものではありませんでした。
あっさりピアノに決めた私は
しばらく両親と楽器店巡りもする事になります。

両親も私も、ピアノメーカーや音の良し悪しの知識はありません。

私に店中のピアノを弾かせて好みの音を選ぶしかないのです。
結局無名のメーカーですが
金属的な音がしないのが気に入って
マホガニ塗りのアップライトピアノが私の相棒になりました。

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小学校3年生の夏の事です。

チェロに憧れた3つの理由【その3】


ここまでのお話だと素直にヴァイオリンを始めればいいものを
何故に大人になってからチェロ?
とお思いですよね

皆さんは「風のガーデン」と言うドラマを覚えていらっしゃいますか?
倉本聰監督の【富良野三部作・最終章】と言われたドラマです。

http://www.fujitv.co.jp/gotofujitv/garden/

この中で中井貴一さんのチェロと神木隆之介君のピアノのデュオの
「乙女の祈り」が流れるのです。
他にも中井貴一さんだけがチェロを弾いている場面もあり…。
(すいません、動画検索しましたがヒットしませんでした。)

このチェロの音に私の心は見事に射抜かれてしまったのです
ヴァイオリンの繊細で切な気な音も素敵だけど
この人間の声に一番近いと言われているチェロのふくよかな音色がなんとも心地いい

このドラマを見て「なんとしてもチェロをやる!」と心に決めたのでした。

チェロに憧れた3つの理由【その2】

それは小学校5年生の頃。
クラスに「エミリー(ニックネーム)」と言う女の子がいました。

いつもフリルやレースのフェミニンなファッションで
サラサラのロングヘアーがとてもよく似合う…
小学生ながら清楚なお嬢様の品性が漂っていました。

そのエミリーのお誕生会
山手の別荘地に彼女の家はありました。
石壁の洋館、白いバルコニー
彼女が本物の「お嬢様」であることは小学生ながらに分かります。

そのお誕生日会で彼女は習っているヴァイオリンを披露しました。
当時は曲目も分からなかったその曲は
ツィゴイネル・ワイゼン。




華奢な彼女が演奏しているとは思えない力強い低音
彼女が神々しくも見えたものです。

ますます弦楽器への憧れは深くなって行くのでした。

チェロに憧れた3つの理由【その1】

私の子供時代の話ばかりが続いていたので
今日はチェロに憧れた理由をお話しようと思います。

小学生の頃にピアノを習っていた先生はコントラバスがご専門で
片手間にピアノを教えている感じ。
…なのでヴァイオリンを習いに来ている子もいました。

私のレッスンの枠の前に
「トモキ君」と言う男の子がヴァイオリンのレッスンを受けていました。
弦楽器の上手い下手は当時の私には判断のしようがなかったのですが
楽器を構えて滑らかにボウイングしていた彼の姿がなんとも素敵だったのです。

私はまたまた両親に今度は
「ヴァイオリンがやりたい。」
とねだりました。
しかしうちはごくごく普通のサラリーマン家庭。
ピアノをやってさらに
成長に合わせて分数ヴァイオリンを与えてレッスンを付けるわけには行きません

結局、ヴァイオリンを習う事はなく
毎回、トモキ君の優雅な立ち姿に見とれていただけで終わりました。

この頃から弦楽器に対する憧れが芽生えたのが大人になってチェロをやる理由のひとつかと思います。

W先生に心を込めて

今日の夕方、通っているミュージック・サロンから電話がありました。
「W先生の御家族にご不幸があって急遽帰国(先生はアメリカの方)されたので、今週はお休みになります。」
と。。。

宿題の完成度もまだまだだし、いつもならホッ…とするところだけど
お身内のご不幸ともなると気の毒で。。。

どなたが亡くなったのかは分からないけれど
ご冥福をお祈りします。

  合掌




   





そしてピアノに出会った

小学校に上がると同時に私は某県に引っ越して来ました。
が大きくなって念願の子供部屋を与えられたので
従姉が処分しようとしていた古いオルガンを譲って貰ったのです。

相変わらずアニメの主題歌や童謡などを弾いて遊んでいました
その頃は左手のコードも分からず右手だけ。
指使いもメチャクチャに弾いていたのでしょう。

幼稚園まで住んでいたのはアパートだったので
周りにピアノをやっている子は居なかったけれど
田舎町の戸建が並ぶ団地に引っ越して来ると
殊に女の子は誰も彼もピアノかエレクトーンを習っています。

楽器好きな私はもう、習いたくて習いたくて仕方ありません。

どうしてエレクトーンではなくピアノを選んだのかは忘れましたが
両親に
「ピアノ習いたい
と再々訴えました。
しかし両親はなかなか首を縦には振ってくれません
どうしても習いたかった私は、何人もの友達に聞いて
近所で教えている先生を見つけました。
家に帰ると母の手を引っ張って
「ここのおウチにピアノの先生が居るから習わせて。」
と連れて行ったのです。

元々言い出したら聞かない子供でしたが(今も?)さすがの両親も
小学1年生の行動力に
とうとう根負け。

晴れて小学校1年生の初夏。
ピアノを習う事になったのです。

トライアングルに魅せられて~幼稚園の頃の私~

5歳の春。。。
年長組の1年だけ幼稚園に通いました。

先にも書いたおもちゃのピアノが大のお気に入りで
リカちゃん人形や工作...とは呼べないチョキチョキ・ペタベタなど
ひとりで家の中で遊ぶのが好きな子供でした。

たまに外で友達と遊ぼうにも
日頃外遊びをしないものだから足が遅くて
鬼ごっこも缶蹴りも「鬼」になったら1日中「鬼」なのです
だからますます家でひとりで遊ぶ事が増えて行きます。

幼稚園でのお気に入りの遊びと言えばオルガンを引く事でした。
勿論、園児だけで触れるモノではなくて
先生が弾く傍らで邪魔をする(?)感じ。

大人になってから聞かされた話ですが
幼稚園の先生は、外遊びをしたがらない私を案じて母に相談していたようです。

そんなミニョンは何より運動会がイヤでした
「ただでさえ走る事が嫌いなのに、何故に他の子と横並びで速さを競わなければいけないのか?」
と...。

この人生初の運動会から高校の体育祭まで
これはこの先ずっと大嫌いな年中行事となるのでした。

その分、俄然張り切ったのが生活発表会でした。いわゆるお遊戯会です。

曲目は忘れましたがトライアングルの透き通った音色が気に入って立候補したのでした
(所詮幼稚園児が叩いているのですから、打楽器的に音色うんぬんの良し悪しは分かっていないのですが。)

多くの子が鈴、カスタネットを演奏している中
少数派のトライアングルをやっている自分にちょっと優越感を感じていました。
(後に本格的な打楽器をやるようになって小物楽器の難しさを知る事になるのだけど。)

そこで水を得た魚のように楽しく練習する私を見て
先生と母はやっと安心したそうです。


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