楽器大好き!

趣味は「楽器演奏」   。。。ならぬ「楽器収集」

カテゴリ: ピアノ

このブログ最初の方の記事の
幼い頃両親に買い与えられたトイピアノの行を読んでいて
何気なく画像検索したら
ありました同じピアノです!

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現物が手元にあるわけじゃないし
ガタガタのボロボロになってる写真だけど懐かしいな~~~

今日はピアノの調律に来てもらいました。

毎度のことながら自分のテリトリーである家の中に
よその人が入るというのがすごい恐怖で
本当は4月予定だった調律をズルズル引き延ばしていたのです。
(ピアノちゃん、許して。。。

前回、前々回の女性の調律師さんにに代わって男性の方が来られました。

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この方もド素人相手にもかかわらず一つ一つ見せながら不具合となる原因や
調整法を丁寧に説明して下さいました。

家の中によその人が入るのは怖かったけど
説明には興味津々。

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前々からGの鍵盤を叩いたら鍵盤が沈んだまま中々戻らないのが気になっていたのですが
バランスキーピンが通っているバランスホールの内側には薄いフェルトが貼ってあって
それが湿気で膨張し、摩擦抵抗が大きくなるからなんだとか。
なるほどね~。。。とピアノの構造のお勉強

んで。
鍵盤、木部の診察が終わり調弦。

ハンマーを横から覗き込んだ調律師さんが
「わぁ!レンナーやないですか
と叫びます。

レンナーって何デンネンナー???

聞くと使われているハンマーはレンナー社製のものなのだそうで
世界3大名器と言われているスタンウェイ、ベーゼンドルファー、ベヒシュタインと
同じものが使われているそうです

そう言われてもハンマーのメーカーなんて気にしたこともないので
ピンと来ないけど。。。

実家をリフォームする時に一度は処分するつもりだったピアノだけど
そうそう手放さない方が良いそうです。

そんなこんなで2時間弱で終了。
いつもいつも私の下手くそな練習ではピアノが可哀想なので
お願いして調律師さんに弾いて頂きました。

曲は
「さくらさくら変奏曲」
「テンペスト」

上手い人のピアノって久しぶりに生で聴きました
情感がこもったカデンツァなんか鳥肌が立つほど素敵

テンペストは「冬のソナタ」に出てくるので思わず熱く語っちゃいました




昨日のNHK Eテレ「らららクラッシック」では
『楽器特集ピアノ』と言うテーマで
ピアノ発達の歴史の話でした。

ピアノをかじっていながら歴史を知らなかったので面白かったです。

ピアノの発祥は約300年前。フィレンツェのメディチ家で楽器管理をしていた
クリストフォリが発明しました。

その前身はチェンバロなのですが
チェンバロは小さな爪で弦を弾いて音を出すので
鍵盤のタッチが強くても弱くても音色の大小は表現出来ません。

ピアノはハンマーで弦を叩くので強弱の表現が出来るようになったのです。

ピアノが発祥した時の名前は
クランチェンバロ コル ピアノ エ フォルテ(Clavicembalo col piano e forte)と言うそうです。
(あ~、まどろっこしい

なのでモーツアルトの当時の譜面にはほとんど強弱記号が記されていなかったのに対して
ベートーベンのピアノ曲は強弱の変化が多彩に使われ
またその頃発明されたペダルの発明の影響で「柔らかな音」「響きのある音」など
音色の表現が豊かになったので音楽表現が巧みに指示されています。

その後もショパン、リストの話がありましたが
長くなるので今回は割愛

ピアノが、現在の標準的な鍵の数 88鍵をになったのは19世紀の最後だそう。
発明された時には4オクターブ(49鍵)だった音域は
7オクターブ半にまで広がりました。

これはフルオーケストラの楽器の音がカバーできる音域です。
そして現在の演奏会用のフル・コンサート・ピアノ
全長2m80cm、重量は480kgにもなります。

ところで番組中でも少し触れられましたが
ピアノは「打楽器」に分類されるのをご存じでしたか?
(これはミニョンも知ってました。)

ピアノは弦をハンマーで叩いて音が出ているので
「打楽器」なんです。

決してチェロばかりを贔屓しているつもりはないのですが
どうしてもレッスンで追われるのでピアノが後回し。
しばらく弾いていなかったので
久しぶりに弾いてみました。

「冬のソナタ」(←古いと言わないで
の「最初から今まで」




と「初めて」



・・・を練習しているのですが以前は弾けていたのに
何か月も弾かないでいるとガタガタです

いくらレッスンにもつかずフリーだと言っても
もうちょっと真面目に練習しなきゃ。。。

2012年の1月の事。
ピアノ移設のX-Dayが来ました。
実家からの送り出しを母に任せて
現在の自宅で引き取りの準備をしていました。

すると実家から電話。
 
余りにも長年放っておいたので、弦が錆びて中にカビが葺いてると言うことで
内部の分解掃除、弦の研磨と錆止め塗り、外装の研磨を勧められ
7万3千500円かかるのだけどどうする?と。。。

どうする?と言われても 
「じゃあ、処分します。」
とも言えない。
工場に持って帰って、作業してもらう事にしたのです。

さらに数日後。
作業途中で電話があり
ハンマー1本のフェルトが摩滅しているので貼替え、鍵盤調整が必要とのことで
総額103900円に跳ね上がったのです。

父の思い出があるピアノを手放す事は考えられないとはいえ
手痛い出費だったのが正直な所でした。。。

ところが。が。が。が~~~。

2013年2月2日
工場から現在の自宅に搬入だったのだけど
仕上がってきたピアノを見てビックリ~~~

実家の洋間の隅っこに追いやられて
弾く人どころか 磨く人もいなくなってたピアノが
木目もクッキリのピカピカになってやって来たのです。
くすんでいた金属部分もツヤツヤのピカピカに~

これなら103900円でも納得

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処分したら逆にお金を払わなければいけないようなピアノなんだけど
父の思い出が詰まったピアノはピカピカになって甦った。
それ以後は毎年ちゃんと調律しています。。

ここの所チェロの話題ばかりだったので
ピアノの話題です。。。

2012年、築30数年の実家のリフォームをする事になりました。
開かずのピアノとなって20年近く。
これを機に処分するように言われたのです。

移設するのにもお金が掛かる。
購入から30年以上になる無名メーカーのピアノは
どこで見積もっても買い取ってくれるどころか処分料が掛かる。

母からは早く処分するようにヤイヤイ言われるのだけれど
私はどうも気が重い。

決して高価なピアノではなかったけれど
今は亡き父が買い与えてくれたものです。
よく父の鼻歌に合わせて「青葉城恋歌」を弾いたのでした。

やっぱり手放したくはなかった。

主人に文句を言われる事は覚悟の上で

「ピアノ・・・こっちに持ってきたいんやけど・・・」
とおずおずと言ってみました。

「なんぼぐらい掛かるん?」
「色々探したらピアノ運搬専門の所で12000円でやってくれるところがあるねん。」

と言うとそれ以上は何も言わず。
「じゃあ、奥の部屋、片付けなな~」
と言っただけでした。

後に12000円ではすまない おおごとになるのだけど
主人に感謝しつつ
現在の我が家に移設する事にしたのでした。




さて。
近頃休みがちの上、チェロの話ばかりになっていたので
久しぶりに
ピアノの話題です。

中学2年で後味の悪い辞め方をして以来
ピアノのレッスンにはついていません。
やめた後は楽器店で「ヒットソング曲集」のようなものを買って
その時々の流行歌を弾いていました。
 
現在は、先にも書いたように韓国人俳優のヨン様が好きなので
この2冊を購入
 
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それにしても昨今は便利ですよね~。
10年以上前のドラマの主題歌の楽譜でもネットで探して買える
 
いくつかドラマがありましたが
今取り組んでいるのは「冬のソナタ」のテーマと挿入曲。
(いまさら。。。って感じだけど好きなんだもん。)



 

ピアノは暗譜しないと弾けないので中々進歩しませんが
出来ないことを咎める人も今はいないし。
自分のペースで楽しんで進めようと思います

ピアノの先生が姿を消してしばらくは
毎週叱られるレッスンからの開放感と
先生を案ずる少しの心配
この先どうすればいいのか?の困惑とで混乱していました。

8年も習ってたとはいえ、
ピアノを専門にやっていた先生ではなかったのもあって
ピアノの技術としては中途半端

今さら違う先生を探すのもなァ~。。。と思っているうちに
進級して中学3年。

塾も週1日から週2日になり
大してレベルの高い高校を狙ってたわけではないけれど
一応受験勉強なんか始まったりして。

結局新しい先生に習うことはありませんでした。

もうハノンにもツエルニーにもソルフェージュにも追われる事はありません。
楽器店でポップスでもテレビ主題歌でも好きな譜面を買って
好きな時間に弾ける自由。

私はやっと「音学」ではなく「音楽」を楽しむことが出来るようになりました。

まだピアノをやめてしまった理由を書いていませんでしたね。
高校の特別入部の話から少し戻りますがお付き合い下さい。

中学2年のとある水曜日。
毎度の如くピアノは弾いていても遊んでばかりでぜんぜん課題の曲の練習をしていないので
前回指摘されたところが直ってるワケがなく
「叱られるんだろうな~。。。
と思いながら重い足取りで坂道を上がって行きました。

ピ~ンポ~ン。。。

先生の返答はありません。

ピ~ンポ~ン…ピ~ンポ~ン…ピ~ンポ~ン…
。。。ただレッスンを忘れてお留守にされているのではない
胸騒ぎを感じました

フェンス越しにピアノが置かれているはずの部屋を覗くと
掃き出し窓から見えるはずのピアノが忽然と消えています。

それ以前に、他の家財もなにもない

何も言わず、先生はある日突然消えてしまいました。
後々思うといわゆる「夜逃げ」というヤツだったのでしょう。

ピアノも先生も好きではなかったけれど
なんとも後味悪いピアノレッスンの幕引きでした。


小学4年生頃からお爺ちゃんと同居し始めました。
祖母は大変行儀に厳しくて子供の私には怖い存在でしたが
その分、お爺ちゃんは優しくて
私はお爺ちゃんっ子だったのです

ウチの母、祖母は音痴なのですが(こんな事書いたら怒られますね。)
お爺ちゃんは歌が上手な人でした。

大正生まれなので戦争体験者。
自らも陸軍兵だったので、私に歌って聴かせる歌も
「戦友」とか「ラバウル小唄」など軍歌の他
「リンゴの唄」だとか「青い山脈」とか。。。



当時はパソコンなど普及してませんから
そんな楽譜を取り寄せる術もなく
お爺ちゃんの唄だけを頼りにコードを付けて
アドリブで弾きます。
するとお爺ちゃんも上機嫌にピアノの傍らで
次々に歌ってくれます。

レッスンで出された課題は
運指練習の小フレーズばかりで楽しくなかったので
10分ソコソコしか練習せず、ピアノに向かってる時間の殆んどが
遊びでした。

そりゃ、何年経っても一向に黄バイエルが終わらないはずですね

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