楽器大好き!

趣味は「楽器演奏」   。。。ならぬ「楽器収集」

タグ:ピアノ

ご近所で少々おせっかいな奥さんが居るのですが。。。
見つかったらまた何かチクリとイヤミのひとつでも言われるんだろうな~
チェロを習い始めたのを黙っていました。

よく考えたら、ただ習い事をしていると言うだけで
誰に後ろ指指される事もないんですが。。。

でも、昼日中に住宅街であんなでかいケースを背負って歩いていたらイヤでも目に付きます。
「おせっかい奥さん」に見つかるのは時間の問題でした

案の定
「●●さんちって、普通のおうちなのに(悪かったな)ピアノだ、チェロだって
結構イイ暮らししてるのね~。ご主人、結構貰ってるんだ~。」


ところが、言い方の問題だけで
チェロを習っていると言うと「=セレブ」と言う言われ方をした事が何回かあります。

なぜでしょう?

私の世代では子供の頃にピアノやエレクトーンを習っていた人が多いかとは思いますが
ピアノなんて買えば100万円ほどしますよね?
エレクトーンの相場は知りませんが、やはりそれ相応の値段はするものなのでしょう?

お月謝を払うとなればピアノもチェロも大して変わらないと思います。

音楽じゃなくても
茶道を習えば、お茶席で着る着物も必要。

独身時代にプレスド・フラワーを習っていたのですが
1回行けば教材費に5千円~1万円は掛かります。

エアロビクスもほんの少し囓った事がありますが
いくらだったか詳しくは覚えていませんが
年会費、月会費を入れたら結構お高かったのを覚えています。

「楽器をやる=お金が掛かる」

ではなくて、なんでもお稽古事にはお金は掛かると思うのですが

ヴァイオリン、チェロ、フルートもかな?。。。と言うとセレブと言われるんですよね~。

それが
「楽器=お金がかかる=敷居が高い」
と言う抵抗感になって演奏人口が増えない理由なのでしょうか?

ま、噂好き、おせっかい好きは
何をしてても何かしら言うんでしょうね。
セレブと思っているならそれはそれで
「名家のご令室」
でも気取っておきましょうか




さて。
近頃休みがちの上、チェロの話ばかりになっていたので
久しぶりに
ピアノの話題です。

中学2年で後味の悪い辞め方をして以来
ピアノのレッスンにはついていません。
やめた後は楽器店で「ヒットソング曲集」のようなものを買って
その時々の流行歌を弾いていました。
 
現在は、先にも書いたように韓国人俳優のヨン様が好きなので
この2冊を購入
 
CALGRUF7


それにしても昨今は便利ですよね~。
10年以上前のドラマの主題歌の楽譜でもネットで探して買える
 
いくつかドラマがありましたが
今取り組んでいるのは「冬のソナタ」のテーマと挿入曲。
(いまさら。。。って感じだけど好きなんだもん。)



 

ピアノは暗譜しないと弾けないので中々進歩しませんが
出来ないことを咎める人も今はいないし。
自分のペースで楽しんで進めようと思います



しばらくずっと、チェロの話が続いたので
今日はまた、パーカッションパートに入った頃の話に戻ろうと思います。

初めての演奏会である町内の吹奏楽団との合同演奏会は
いわば「補欠」で
打楽器奏者の人員が不足している曲だけ出ました。

「クラウン・インペリアル」
ではティンパニを叩くS先輩の「譜めくり」役。

(↑↑参考動画につき所属していた吹奏楽部とは関係ありません。)

今日は「譜めくり」のお話です。

たかが楽譜のページをめくるだけと侮るなかれ。
世の中には「譜めくり」でバイトをしている人もいるほどです。

管楽器を見てみるとオーケストラの場合は2人一組で吹いていますから
(この二人組みの事を"プルト"と言います。)
どちらかが手を止めてめくっても音が抜けることはありません。

ピアノの場合はピアニストの左側(ステージの奥側)に座り
絶妙なタイミングでめくっています。

譜めくりをしようと思ったら、曲の繰り返し(ダル・セーニョなども含む)部分を
ちゃんと把握していなければいけないし
間違っても
「あれ?今、どこを弾いているの?」
。。。と楽譜から落ちる事は言語道断です。
また、気をつけなければいけないのはめくる時の物音。
「パサッ・・・」
と音を立ててはならないのです。

なにせそれまでは最前列でクラリネットを吹いていたのですから
ティンパニーが演奏している姿を後ろから見ることはありませんでした。
ですので、S先輩の譜めくりをしながら
マレットをすばやく持ち替え、曲途中でチューニングを変え。。。
(うちの高校のティンパニーはチューニング・ゲージなんて付いてなかった。)
思っていたより忙しい、演奏中の打楽器奏者が新鮮に見えたものです。
今思えば、そこから学べたものはあるはずだけど
当時は羨望のまなざしで見ていただけでした。

と。。。
ピアニストやら余剰人員がある場合なら良いですが
スクールバンドでは殆ど自分でめくらなくてはいけません。

●譜面のつなぎ目部分を暗譜して次の休符まで持たせる。
●次の休符までの楽譜を切り貼りする。
●すぐに休符があるなら余白に次の休符までの譜面を書き足す

など、奏者はいろんな方法で譜めくり問題に対処しているのです。

ピアノの先生が姿を消してしばらくは
毎週叱られるレッスンからの開放感と
先生を案ずる少しの心配
この先どうすればいいのか?の困惑とで混乱していました。

8年も習ってたとはいえ、
ピアノを専門にやっていた先生ではなかったのもあって
ピアノの技術としては中途半端

今さら違う先生を探すのもなァ~。。。と思っているうちに
進級して中学3年。

塾も週1日から週2日になり
大してレベルの高い高校を狙ってたわけではないけれど
一応受験勉強なんか始まったりして。

結局新しい先生に習うことはありませんでした。

もうハノンにもツエルニーにもソルフェージュにも追われる事はありません。
楽器店でポップスでもテレビ主題歌でも好きな譜面を買って
好きな時間に弾ける自由。

私はやっと「音学」ではなく「音楽」を楽しむことが出来るようになりました。

まだピアノをやめてしまった理由を書いていませんでしたね。
高校の特別入部の話から少し戻りますがお付き合い下さい。

中学2年のとある水曜日。
毎度の如くピアノは弾いていても遊んでばかりでぜんぜん課題の曲の練習をしていないので
前回指摘されたところが直ってるワケがなく
「叱られるんだろうな~。。。
と思いながら重い足取りで坂道を上がって行きました。

ピ~ンポ~ン。。。

先生の返答はありません。

ピ~ンポ~ン…ピ~ンポ~ン…ピ~ンポ~ン…
。。。ただレッスンを忘れてお留守にされているのではない
胸騒ぎを感じました

フェンス越しにピアノが置かれているはずの部屋を覗くと
掃き出し窓から見えるはずのピアノが忽然と消えています。

それ以前に、他の家財もなにもない

何も言わず、先生はある日突然消えてしまいました。
後々思うといわゆる「夜逃げ」というヤツだったのでしょう。

ピアノも先生も好きではなかったけれど
なんとも後味悪いピアノレッスンの幕引きでした。


小学4年生頃からお爺ちゃんと同居し始めました。
祖母は大変行儀に厳しくて子供の私には怖い存在でしたが
その分、お爺ちゃんは優しくて
私はお爺ちゃんっ子だったのです

ウチの母、祖母は音痴なのですが(こんな事書いたら怒られますね。)
お爺ちゃんは歌が上手な人でした。

大正生まれなので戦争体験者。
自らも陸軍兵だったので、私に歌って聴かせる歌も
「戦友」とか「ラバウル小唄」など軍歌の他
「リンゴの唄」だとか「青い山脈」とか。。。



当時はパソコンなど普及してませんから
そんな楽譜を取り寄せる術もなく
お爺ちゃんの唄だけを頼りにコードを付けて
アドリブで弾きます。
するとお爺ちゃんも上機嫌にピアノの傍らで
次々に歌ってくれます。

レッスンで出された課題は
運指練習の小フレーズばかりで楽しくなかったので
10分ソコソコしか練習せず、ピアノに向かってる時間の殆んどが
遊びでした。

そりゃ、何年経っても一向に黄バイエルが終わらないはずですね

あんなに習いたくて習いたくて
両親を口説き落として始めたピアノだったのに
小学校3年生辺りから
段々レッスンをサボるようになりました

元々、好きな曲を適当にコードを付けてアドリブで弾くのは好きだったけど
実は譜面の読み方(初歩の楽典)も苦手
そこに加えて、先生の方針で
レッスンの後半は(※1)ソルフェージュ加わるのですが
初見が利かないので一番の苦手課題になってしまう

レッスンに付いていた先生はヒステリックなところがあって
音程が違うと厳しく叱責されます

高校に入ったらそれより何倍も怖い鬼顧問に出会うのですが
小学生の私には
行くたびに厳しく叱られるレッスンが恐怖だったのです

(※1)ソルフェージュ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A5

私がピアノを習っていたのは
自宅で数人の子供に教えている教室だったので
ホールを借りて盛大な発表会があるわけではありませんでした。

数年に1度、先生のお宅のピアノのある大きめの応接室での
サロンコンサート的な物があっただけです。

初めての発表会は小学校3年生の夏。
演目は「かわいいオーガスチン」でした。



(参考動画です。私本人ではありません。)

習い始めて3年目にしては進んでないでしょ

たかだか習ってる子供とその親だけだから15人も居るか居ないか
ぐらいの前で16小節しかない曲を弾くのですが
その緊張した事といったら。。。

後に吹奏楽をやるようになって1000人以上入るホールで
ソロなんて叩くようになるなど夢にも思っていませんでした。

でも、確かトチらずに弾けたと思います。

最後に先生のご専門のコントラバスのソロを披露。
花束を差し上げたのを覚えています。

ピアノを習い始めてしばらくは
従姉のお下がりのオルガンで練習していました。

赤バイエルも半ばまで来るとスタッカートの練習に入ります。

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バーナム・ピアノテクニックでは鍵盤が足りません。
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私は両親に
「スタッカートが鳴らないからピアノが欲しい。」
とねだります。
しかし、ごく普通のサラリーマン家庭で
100万近くするものを、子供がねだったからと言って
「おおそうか、分かった。」
とすぐに買い与えられるものではありません
その頃、我が家になかったお雛様も欲しい。
でもピアノも欲しい。。。

両親に
「買ってあげるけど、ピアノかお雛様のどちらかにしなさい。」
と言われました。

その選択はそんなに難しいものではありませんでした。
あっさりピアノに決めた私は
しばらく両親と楽器店巡りもする事になります。

両親も私も、ピアノメーカーや音の良し悪しの知識はありません。

私に店中のピアノを弾かせて好みの音を選ぶしかないのです。
結局無名のメーカーですが
金属的な音がしないのが気に入って
マホガニ塗りのアップライトピアノが私の相棒になりました。

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小学校3年生の夏の事です。

小学校に上がると同時に私は某県に引っ越して来ました。
が大きくなって念願の子供部屋を与えられたので
従姉が処分しようとしていた古いオルガンを譲って貰ったのです。

相変わらずアニメの主題歌や童謡などを弾いて遊んでいました
その頃は左手のコードも分からず右手だけ。
指使いもメチャクチャに弾いていたのでしょう。

幼稚園まで住んでいたのはアパートだったので
周りにピアノをやっている子は居なかったけれど
田舎町の戸建が並ぶ団地に引っ越して来ると
殊に女の子は誰も彼もピアノかエレクトーンを習っています。

楽器好きな私はもう、習いたくて習いたくて仕方ありません。

どうしてエレクトーンではなくピアノを選んだのかは忘れましたが
両親に
「ピアノ習いたい
と再々訴えました。
しかし両親はなかなか首を縦には振ってくれません
どうしても習いたかった私は、何人もの友達に聞いて
近所で教えている先生を見つけました。
家に帰ると母の手を引っ張って
「ここのおウチにピアノの先生が居るから習わせて。」
と連れて行ったのです。

元々言い出したら聞かない子供でしたが(今も?)さすがの両親も
小学1年生の行動力に
とうとう根負け。

晴れて小学校1年生の初夏。
ピアノを習う事になったのです。

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