楽器大好き!

私、パニック障害です。 ~agiatamente のんびりと気楽に~

                                                                                                                        

発表会で演奏が上手くて目立つ…なら良いけど

某SNSのオープンチャットで

「たとえサロンコンサート風の規模でも白黒なんて淋しい。
ソロなんだから華やかで良い。」

と相談に乗ってもらってすっかりその気になりドレスを買いました。

と・こ・ろ・が。

楽器を弾く時にアクセサリーを付けるのは私的には嫌いなんだけど
私は鎖骨を手術した事があって大きくて抉れた傷跡があるのです。


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かなりのコンプレックスなので人様には晒したくない。

チョーカー風の短いネックレス付けようかな?


放射線治療も一段落して
やっと平常の生活に戻れると思ったら
先日先生との電話で。。。
「じゃあ今回の発表会は2曲ですね。」

は???

先生、この前「北の国から」は前にやったネタだから
新しく「ロンドンテリーの歌」にしましたよね???
だから急遽「北の国から」をうっちゃらかして
必死で「ロンドンテリーの歌」を練習したのに
今からそれもやるって????

「先生!この前”ロンドンテリーの歌1曲で出る”って仰いましたよね?
今から「北の国から」をもう1回練習するんですか???
そんなん無理無理無理無理!!!!!!」

と必死に拒否。

「まあまあ。1回やった曲だから余裕でしょ?」って。。。

余裕なんかな~~~~い!!
1曲で勘弁して下さ~~~い!!!!!!


5月の30日から右目の痒みと発赤。
瞼の腫れ。
31日になって左も。。。なんだか嫌~~~な予感はしたけど
時すでに遅し。

流行性角結膜炎になりました。


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​↑↑
(私)
で。
必然的に旦那も感染して出勤停止。

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↑↑
(旦那)

幸い他のスタッフさんには遷ってないようです。

旦那が居るときは基本練習してないんだけどな~
(旦那も吹奏楽部員だったので
リズムがどうだとかピッチがどうだとかうるさいから)

あ~
早く会社に行ってくれ~

ヨハンシュトラウスⅡ世の没後125年にあたり
彼の誕生日は今日6月3日です。

「ヨハンシュトラウスⅡ世って誰?」
…とピンとこない方も多いかと思いますがこの曲を聞いたら
「あ~、この人か!」
とお思いになるかと思います。

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ね?聞いたことありますよね。
(ドイツ語;Jhann Strauss Ⅱ)、(1825年10月25日ー1899年6月3日)はオーストリアのウイーンを中心に活動した作曲家・指揮者です。

で、Ⅱ世と言うからにはⅠ世がいて父親がⅠ世、甥がヨハンシュトラウスⅢ世です。
(この人たちの記事はまた後日。)

生涯のほとんどをウインナ・ワルツ、ポルカなどの作曲などに費やして
「美しき青いドナウ」
「ウイーンの森の物語」
「皇帝円舞曲」
など有名なワルツを数多く生み出しました。

余談ですが私は中学2年、まだクラリネットをやっていた頃
2ndで「歌劇こうもり序曲」をやりました。

毎年元日ウイーン・フィルの「ニューイヤーコンサート」では
彼を中心とするシュトラウス一家の作品をメインにプログラムが作られています。

詳しい生い立ちはウィキって頂いて…
この方のパパとママは今で言うところの「授かり婚」が結婚の決め手だったとか。
う〜ん進んでるぅ〜❤️

そんなパパなのに後にはDV亭主に…果ては愛人を作ってそこに入り浸りになります。
(↑↑今回の話は脱線が多いなぁ 
 ^^;)

腹が立ったママはヨハンをパパ以上の音楽家に育て上げパパに
「ギュウ…」
と言わせようともくろんだのです。
…で、結局両親は離婚。

話はズーン…と飛びまして
1849年パパは亡くなります。
するとヨハンの所には父がやってた仕事が一気に押し寄せて来て過労で倒れる事も度々。
そこでママはヨハンの弟、またさらに弟も音楽に引き込みます。
家族経営の会社みたいなもん。
そのあたりはヨハンも特に文句はなかったようですね。

それでも彼の多忙は続き
「夜会服を着て寝る男」
と言われていたそうです。

年齢を重ね75歳となったヨハン。
1899年の5月下旬。
劇場で指揮をしていたヨハンは激しい悪寒に見舞われ何日かサイン会をした後寝込んでしまいます。当時命取りと言われていた肺炎でした。(今でも高齢者や持病がある人には命取りに違いはないけど。)最後には書きかけの曲の筆を取ろうとすると幻覚で人形がバレリーナに見えたそうです。
そして今日6月3日。妻のアデーレから「あなた、お疲れでしょう?少しお休みになったら…」と言われたヨハンは微笑んで「そうだね。どのみちそうなるだろう。」と答えて目を閉じます。これが最後の言葉でした。こうして妻アデーレに看取られて亡くなりました。








つい先日、某SNSのチェロ弾きのオープンチャットに入りました。
そこではもちろんチェロにまつわる情報共有などが語られるのですが
たまには脱線して他の楽器や音楽が語られる事もしばしば…
そこで書かれていた事なのですが
「日本のピアノが黒い理由は多湿の日本の風土に馴染むから」
と言う事を書かれていて
「興味深いなー」
と思ったのでブログ記事に取り上げる事にしました。

とは言え一応調べてから書かないと無責任かな?と思い
ネット検索してみたのですが
(情報の出所がネットって言う時点であまり責任がないような...)
やはりそのような理由らしいです。

その方もピアノの調律師さんから聞いた話らしいのですが
ピアノのルーツはヨーロッパで生まれたチェンバロ(ハープシコード)。
そのボディーは木目や緑、赤色に塗られ
金色の装飾を施したものが殆どで黒いものはまずなかった様です。
ヨーロッパの人々はこうしたピアノの色と外装の歴史を
200年にもわたって見て来ました。
だからヨーロッパではピアノは木目...と言うのが常識だったそう。

ところが日本でできた初期の黒塗りピアノの塗料には
ほとんどの場合日本の伝統工芸の漆が使われていました。
しかも今でこそピアノは広く普及していますが
日本に伝来した当初は超高級品でした。
漆だったら湿気にも強く高級感もあって
正にうってつけの塗料だったのです。
これが日本のピアノの色が黒になった最初の理由だとか。

その後大手のピアノメーカーがピアノの生産を競い合う中
一時木目のものの生産も行われて来ましたが
木目のピアノを作るには
化粧板と言う薄く削いだ木目の板をピアノに張り付けて行きます。
しかもピアノ全体の木目模様を合わせなければなりませんから
とても手間がかかります。
一方黒いピアノでは木目を合わせる必要がありません。
しかも石油化学の発達により
漆に代わるポリエステルなどの黒色塗料が性能も上がり
価格もとても安くなりました。

こうして高度成長期の急速な需要の増加に応えるべく
2社の某メーカーがコストダウンのために採用した黒塗りのピアノは
その後あっという間に普及していきました。
これが日本のピアノが黒いものが多い主たる理由だそうです。

つまりピアノは黒いものと言う日本の常識が出来上がる原因を作ったのは
日本のピアノメーカーと言えるのだとか。

ネットにはこのように書かれていました。




「浪花のモーツァルト」の愛称で親しまれていた
キダ・タローさん(本名;木田太良さん)が
5月14日に亡くなりました。

NHKの番組「バラエティー生活笑百科」のテーマソングや北原謙二さんの「ふるさとのはなしをしよう」といった歌謡曲の他、
某カニ料理店やインスタントラーメンやお味噌のCMソングなど多くの人が耳にしたことのある音楽も数多く手がけました。
テレビやラジオの番組にも多く出演し民放のバラエティー番組「探偵!ナイトスクープ」では「浪花のモーツァルト」と呼ばれ関西を中心に幅広く活動していた方です。
享年93歳。

ご冥福をお祈りいたします






悩んで悩んで結局これも
チェロ弾きのオープンチャットで相談しました。
「着る物の心配より練習しろ。」
とお叱りが来るかと思いきや
結構みなさん
この問題に頭を痛めてる様でした。

私は先日まで余り目立たず
かと言って先生に失礼がない様に…
とオケ団員風の白黒で考えていましたが意外や意外。
たとえサロンコンサート的な規模が小さい発表会でも
ソロなんだから色柄物でも全然良い!
気にならなければ
大ぶりなイアリング付けても良いぐらい!
とのご意見を多数いただきました。
中にはご自身の発表会の写真をアップして下さった方がいましたが
それもロイヤルブルーに白い大きめの花柄が散りばめてあって素敵でした。
他に先生側の方も書き込みして下さいましたが
「タキシードとまでは行かなくてもスーツにネクタイ...と
こっちはそれなりにキチンとした格好で参加しているのに
デニムにポロシャツ...
とか余りにも質素だと軽く見られている様で悲しい。」
との事でした。

うーん。
今年はちょっと冒険して
柄モノにしようかな?

たびたびこのテーマを書いていますが...

去年から延び延びになっていた「チェロを楽しむ会」。
結局今年の6月23日に決定しました。
某音楽教室にいた頃は一応オケの団員風に白ブラウスに
ちゃんとした黒ズボンで出てました。

先生の私塾に変わってから初めての
「チェロを楽しむ会」
では「結婚式お呼ばれ風ドレス」。

でも他の人はデニムやらセーターやら普段着。

そんな中で私は浮いた浮いた。

で。

一旦は今年から私も普段着で出席するぞ!
と思ったものの。。。

先日の放送の「題名のない音楽会」で石丸幹二さんが
ピアニストの金子三勇士さんに
「衣装はどんな風に考えているか?」
と聞いた所
「ヨーロッパから伝わったものなので燕尾服やタキシード
スーツなど人に聞いてもらう正装で出ます。」
と答えていた。

確かにいつもは普段着のズボンに着崩したワイシャツ…って感じの先生も
この会の時はスーツを着て来られる。

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となるとやっぱり普段着は先生に失礼かな?
と、悩んでみたり。

そこで思いついた!

そんな両極端に考えずにいつもの格好ではなく
ちょっと気を遣う親戚と会うようなワンピで良くない?
髪だけちょっとおめかしで。。。

ダメかな~~~?



前から作って見たかった
オムライスの熊さん(猫?)

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で。

第1弾で作ったのがコレ↓↓
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もう惨劇ですわ…


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そして仕切り直しがコレ。
↑↑
やっぱり可愛くないな〜





えらいこっちゃ~~~

5月12日は母の日。

そして今日は10日。
何のプレゼントも用意してない!!!!!

ま。母の日って義務感で感謝を伝えなきゃいけないわけじゃないけど。

母は施設に入所中。
同じユニットには女性利用者が10人ばかり。
もし他の人がカードやお花、プレゼントを送っているのを見て
自分だけ何もなかったらやっぱり淋しい思いをするだろうな...と
何かしら送ろうと思ったのです。

となると何を送るの???

施設の自室は6畳。
ベッド、洗面台に加えてテレビ、チェスト、ハンガーラックがある上に
本人は車椅子生活なのでもう物でいっぱい。
お花を飾るところもないらしい。

洋服も外出がまだ解禁されていないので
着ていく物もいらないと言う。
(コロナ蔓延以後、面会禁止なので部屋の状況は見られない。)
カードやお手紙だけでもイイんだけどな。

う~ん。。。
食べ物なら食べちゃえば邪魔にはならないよね?
と探しまくりコレにしました。
↓↓↓


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「婦人画報」のお取り寄せカタログで見つけた
バラの花束に見立てたフィナンシェです。
(なぜかカーネーションではない笑)

実際に食べたんじゃないから味は分かんないけど
見た目のかわいらしさで許していただこう。

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